投書:岩波書店による「歌集 ゆふすげ」(美智子 著)の出版について(『かけはし』2025年3月17日号・第2854号)
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上皇后美智子(90)の未発表だった歌466首を収めた「歌集 ゆふすげ(ゆうすげ)」(岩波書店)が1月15日に出版された。1月8日・水曜日の『毎日新聞』朝刊19面、1月15日・水曜日の『朝日新聞』朝刊29面、2月4日・火曜日の『毎日新聞』朝刊4面がこの歌集を紹介する記事をのせている。
私は、2月22日・土曜日におこなわれた「『天皇誕生日奉祝』反対集会 ―― 天皇誕生日に戦争・植民地支配責任の追及を!」(主催 「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する2・11&2・22連続行動)で、この出版をどう考えるか、きいてみた。
天野恵一(あまの・やすかず)さんが「いまにはじまったことではない。戦争でもうけ、平和でもうけてきたのが岩波書店だ。岩波書店は、そういう出版社なのだ」というようなことを会場から発言した。
私は「金子文子の本(『何が私をこうさせたか』)をだしている出版社が美智子の本をだすのは出版社の右傾化のあらわれではないか」と思ったが、そうではなかったようだ。ヒトラーが書いた本を無批判的立場から出版することが反動的ならば、美智子が書いた本を無批判的立場から出版することも反動的であるはずだ。
私は「平和運動・民衆運動内部における天皇制への屈服がもっと批判されるべきではないか」「私たちも批判に消極的だった、えんりょがちだったということはないか」と考える。新聞に元号と西暦を併記するのも、「天皇制はなくすべきだと本当は考えるが、みずから積極的に天皇制廃止のためのたたかいはしない、『昔の天皇制』とのたたかいにたたかいを限定する」というのも天皇制にたいするりっぱな屈服だ。内ゲバには反対だが、民主的な批判には賛成だ。日本の平和運動・民衆運動はこれでいいのか。それが問題だ。
(2025年3月10日)
―― 『東京新聞』は反戦平和や脱原発などの課題では最もがんばっている新聞かも知れない。だが、天皇制に関してはまったくダメだ。2026年1月19日22面の天皇一家が大相撲を観戦したという大きな写真入りの記事(井上靖史「記者」)を見た。がっかりした。マスコミは、先の戦争と植民地支配が軍部・天皇・「国民」等の結合によっておこなわれたことをどう考えるのか。「戦後の天皇制」は変ったというのは、「自衛」隊は「旧軍」とは違うというのとどこが違うのか。マスコミの天皇報道(天皇に関する報道)というのは「りっぱな」犯罪である!私はそう思う。『東京新聞』についていえることは、岩波書店にもいえると思う。(関口 実)


