駒込報告 左派リベラルの立場(『かけはし』2025年12月22日号・第2892号、反戦反貧困反差別共同行動in京都主催の11・23シンポジウムでの駒込武さんの発言要旨、T・Tさんの記事)
高市政権の軍事化・排外主義政策には断固反対する。私は高市発言を絶対認めない。しかし、批判する側の論理にも大きな問題を感じる。日本も欧米も国連も、世界中が過去に台湾を見捨てて中国の要求を認めた。左派リベラル勢力の主張にも軍事力中心のパワーポリティックスの論理、日本の国益論、そうした論理が無意識の前提になっている。台湾は国連に加盟できず国として認められていない。どのような問題があるのか、それを解決できないのかを考えなくてはいけない。日中共同声明が出されたのは、ベトナムの北爆と文化大革命の最中だった。中ソの軍事衝突、ベトナム戦争の泥沼化を契機に、中米が接近し国連代表権が中華民国から中華人民共和国(中国)へ移行し、ニクソン訪中、同年7月の日中共同声明の調印が実現した。声明第二項は、中国政府が中国唯一の合法政府、の承認。第二項は、台湾は中国の一部であるとの中国政府の主張を十分理解・尊重、である。十分理解し尊重するとは、中国政府の立場を十分理解・尊重すると同時に、台湾人民の自決権をも十分理解・尊重することも並び立つ表現だと思う。第五項は中国の対日戦争賠償請求権の放棄である。日本では、毛沢東と周恩来によって救われた感謝しようみたいな議論が一般的だった。中国政府が得たものは何?一つは中国の国連加盟だ。
日中共同声明と台湾の歴史
台湾の人々の中には、対日賠償請求について台湾が身代わりとさせられたという意識がある。中国の主張を理解・尊重する箇所では、ポツダム宣言第八項の遵守も明記されている。つまりカイロ宣言を実行するということ。カイロ宣言には台湾を中華民国に返還するとある。この中華人民共和国が中華民国の後継国家である以上、台湾は中国に返還されるという意味だ。だが、より根本的な問題として、蒋介石のときの中華民国は一度も台湾を支配したことがない。台湾が植民地化されて以降に中華民国ができる。カイロ宣言そのものがある種、帝国主義的な再分配だ。少なくとも台湾の人々にとってはそう受け取られる余地がある。日清戦争の講和条約で、中国が日本に台湾を割譲し、台湾の人々の経験が大陸の人々の経験と決定的に異なるものとなった。ここに根本問題がある。
大むかしから台湾は中国の一部だと思っている人もいるが、17世紀以降、初めて中国大陸からの移民が台湾に入る。日本軍が台湾に上陸する直前、清朝全権だった李鴻章は伊藤博文宛てに電文を発し、台湾住民はすでに独立を宣言したこと、清国政府は台湾に対してはもはや管轄権を有するだけだと伝えている。日本の支配を受けたくない人々が急ごしらえで台湾民主国を創り独立宣言したわけだ。清国はその独立を認めると宣言すると同時に、台湾のことはどうなろうと関知せずという態度をとった。清国からすれば台湾は全く新しい領土であり、だからこそ日本にあげることも可能な土地だった。逆に台湾住民にとっては、自分たちは捨てられたという意識が強く残った。
尊重されるべし台湾民衆の思い
台湾は清朝の周縁地域であり、開拓地であり、政府の支配は実際にはほとんど及んでいなかった。民間人がみんな武装して戦う社会だった。それが日本帝国の周縁に変成された。日本の敗戦後、何が起きたか。台湾は1912年辛亥革命で成立した蒋介石の率いる中華民国の周縁支配下に置かれた。蒋介石政府は台湾住民を日本時代と同様に徹底して差別した。1947年台湾人が全島的な反政府反乱を起こし、蒋介石政府が台湾人エリートを中心に2万人近くを殺害する。台湾は返還されたというけど、元来台湾の人は中華民国を経験したことがなかったから、中国語だって喋れない。孫文も知らない。それが一般の台湾人だ。台湾は、45年から49年まで中国大陸と同じ政権下にあったが、国共内戦で蒋介石が敗れて中華民国は台湾だけを実効支配することになった。それは台湾の人たちが望んだということではない。交渉材料とされることにより、独自な経験を強いられたされたわけだ。
改めて先ほどの日中共同宣言を見たときに、当時から様々な批判がある、一人は沖縄の川満純一さんの批判。彼は、日清戦争により中国大陸の民衆と台湾民衆の間で歴史体験に大きな隔たりができてしまったこと踏まえなければ、台湾の帰趨など論じられないという。

●シンポジウムの鵜飼哲さんと木戸衛一さんの報告要旨は、以下に掲載されている。
週刊かけはし https://www.jrcl.jp/

